教育の中の「今と未来」
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過去に
何千人かの
健常児のお子さんたちを
教えてきました。



そして
発達障がい児と健常児のお子さんたちを教えてきて
いつも感じることがありました。



それは、
発達障がい児は
「現在」の



例えば
教科学習に「辛さ」を覚え、



例えば
教室空間に「息苦しさ」を感じ、



例えば
集団やルールに
大きな「不安や恐怖」
抱いているということです。



ですが、
教育で語られる物語は



そのほとんどが、
どのような子にしたいか
どのような子になってほしいか、という
「未来」を見定めたものばかり。



ここでは
「今」に苦しんでいる
発達障がい児などの子どもたちの



「辛さ・苦しみ・生きづらさ」といったものが
ずっと省みられることなく
つづいてきました。


視野には
入っていなかったのです。



そう強く感じています。



いうまでもなく
発達障がい児、自閉症児に対する、
学校での「合理的配慮」とは



この今、現在の
「生きづらさ」に気づいた、



初めての
「教育」なのだろうと思います。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-22 23:52 | 支援 | Comments(0)
             不安と恐怖。
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自閉症児の心には
絶えず、「不安と恐怖」があると言います。



先の見通しが立たない不安。



だから、
突然の「変化」
岸壁に立たされた恐怖を感じる。



過去の
怖い体験がトラウマとなって
フラッシュバックが襲ってくる。



他人との
認知、認識の違いから
たえず誤解される。



身体感覚が消失し
心身の不安定な感覚に襲われる。



音声言語を表出できないために
意思が伝わらない。



心身のコントロールが利かないために
いつも適切な態度、姿勢、表情ができない。。。



書いていけば
まだまだたくさんある生きづらさ。



そんな
数多くの生きづらさを抱える彼らだから、



いつも
心の中には
「不安と恐怖」
充満していると言われています。



自閉症児(者)は
嘘をつかない、と言われていますが、



嘘をつく、という世間的な尺度なんかでは
計ることのできないほどの
生きづらさを抱えているからでしょうか。



自閉症児(者)が
無性に何かモノを欲しがるその態度は



基本的に
「わがまま」なんかとは
まったく違う性質をもっているのだと
いつも感じています。



ぬいぐるみを求めて
泣き出す彼らにとって



そのぬいぐるみは
自分の「命」に寄り添う何かなのだろうと


彼らを見ていて
いつも感じることです。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-21 23:29 | 支援 | Comments(0)
         ユニバーサルデザイン
         +
    インクルーシブデザイン。


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障がい児、発達障がい児が
普通学級で学ぶとき、
学校生活を送るとき、



様々な困難に出会います。



そこで、
教室にも生活にも
障がい児、発達障がい児が過ごしやすいように
「合理的配慮」が必要となり、
昨年、それが公教育にも義務づけられました。



ユニバーサルデザインと



障害のある子どもには
「ないと困る」支援であり、


一方、
健常児にも「あると便利」
指導やデザインのことを言います。



言い換えれば、
特別支援教育の視点による授業づくりが、
全ての児童生徒にとっても
分かりやすいということであり、



これを
普通学級に取り入れたものとなります。

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例えば、
自閉症児には
「これから何をすればいいのか」
「提出物など、忘れ物はないか」などの重要な
事項を視覚的に文字、絵カードなどによって
分かりやすく示すことが大切ですが、



健常児にとっても
この明示の仕方が
とてもわかりやすい方法だと気がつき、
これを導入する、ということです。



ただ、そうは言っても
発達障がい児にとっては
特別な「配慮」が必要になることが多いですね。




激しい聴覚過敏を感じる子には
イヤーマフを装着したり



一定の色彩に
視覚過敏をもつ子には
サングラスをかけたり



他の子の視線に
不安を感じる子には
衝立が必要だったりします。



このように
それぞれの「特性」を考慮したものが



先のユニバーサルデザインに対して
インクルーシブデザインと言います。



私は
障がい児、発達障がい児が
普通学級で勉強、生活する際には



この二つの
デザインが必要だと考えています。




特別支援教育の支援手法は
もちろん健常児にもわかりやすく、



一方、
発達障がい児などの「特性」を考慮した多様性も
きちんと理解される必要があると思っています。



「特性」を考慮した
「合理的配慮」
併存することが大切なのですね。



包括的に
インクルーシブを実現するには

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やはり、
多様性への理解が
大前提になるのだと思っています。



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# by kirarimarche1 | 2017-09-20 23:30 | 支援 | Comments(0)
           エコラリア(反響言語)
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自閉症のお子さんに多いエコラリア。
実に85%以上の子が
このエコラリアをもっています。




私たちは
「言葉」といえば
コミュニケーションの手段だと思ってしまいますが、
そうではありません。



特に
自閉症児を見ていると
そんなに簡単に概念化することができないことが
よくわかってきます。



身体の必要から
音を出す働き、

関係をスムーズにする、
心との協調、
心の安定、
心そのものといって良い場合もあります。




人間も
多様性の産物ですが、



発声言語というのも
本来はとても多様なのですね。




以下に
エコラリア(発声言語)で
わかっているだけのものを
書いてみました。



どうぞ、
ご覧ください。



肯定表現型
相手の言っていることを肯定する場合に言う言葉です。ただ、例えば、「水飲む?」
と聞けば「水飲む」と言い水を飲むケースです。このときの言葉の意味は肯定するY
ESの意味にあたり、決して水を飲むという意味だけに使われている訳ではありませ
ん。


発話順番型
相手が「プリン食べる?」と言うと「プリンたべる」 と言って次の言葉を待つような場
合です。早く何かを言ってもらうために、その順番を急かすわけですね。これは対人
関係を意識したものと考えられます。


叙述表現型
ジェスチャーを伴うこともありますが、ある物や行動や場所を示すために発せられま
す。例えば、テーブルの上に「ペンがある」と言ってそれを取りに行くと、同じよう
に「ペンがある」と言って同じことをやる場合です。


要求表現型
対象が必ずしも妥当ではなくても、何かをリクエストしている場合のエコラリアです。
自閉症児が小さな声で「やって」と言うのはまさにこれになります。ただ、このとき
ブランコを押してとも、服を着せてとも言いませんね。場合によって「ごはん」と言
ったとき、「パンを持ってきて」という意味だったりします。つまり、要求内容と同
じではない場合があります。


リハーサル型
何度も同じ言葉を繰り返して、その行動などを行う場合です。「自動車、乗ります、
乗ります、乗ります、乗ります」といって乗車するケースですね。
・自己統制型
これは他人に話しかける言葉ではなく、自分自身に確認させるせ、納得させることに
よって自分自身の行動を安定、統制させようとする言葉です。
よく「食べない、食べない」と言い、あたかも食べたくないといっているときもあり
ますが、実は食べないと自分に言い聞かせているのかもしれません。


焦点不定型
よく何か不明なことをつぶやいている場合です。「やらない、やらない、やらない」
と言って「うぁ~」と興奮してしまうケースです。今までの分類以外のものと考えてよ
いのですが、やはり当人にとっては一定の意味、意義をもっているのかもしれません。



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# by kirarimarche1 | 2017-09-19 23:58 | 支援 | Comments(0)
          自分の言葉が消える。
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自閉症の方が
よく「言葉が消える」ということを言います。



何かを話そうとすると
言葉が目の前から消えてしまうという方もいますが、



自分の話している言葉が
瞬時に消えてしまうという経験もあります。



ASDで
当事者研究の綾屋紗月さんは
次のように語っています。


・・・このように私は、自分が話すとすぐに自分の声が空気中に溶けて消えていってしまうと感じている。しかも自分が話すと同時に、いつも耳の周りがわんわん、じんじんしていて、耳に空気のふたをされているような感覚が生じているので、ますます耳に戻ってきた自分の声をうまく把握できない。その結果、人の声だけでなく、自分の声も意味を持った「言葉」としては聞きづらく、もやもやとした単なる「音」のように聞こえがちなのである。このように耳に戻ってくる自分の声というのは、私にとってあまり頼りにできないものである。

この現象は「身体内外からの情報を細かく大量に拾いすぎてしまう」という、私の一次的な特徴によるものだろうと考えている。どうも私は自分の声が耳に戻ってくる際に、自分の運動指令とは無関係な「ノイズとしての環境音」も共に拾ってしまっているのではないだろうか。つまり、自分が話している時に自分の声がすぐに消えてしまうのは、戻ってきた自分の声だけを耳で抽出できないからであり、話すと同時に私の耳の周りに響くわんわんとした音こそが、自分の声とノイズとしての環境音がまざって戻ってきた音というわけだ。

                (『つながりの作法』 綾屋紗月・熊谷晋一郎)





発達障がい児(者)、自閉症児(者)の「生きづらさ」の理解を



私たちは
とても浅いレベルで理解しがちです。



感覚過敏にしても
認知・認識の違いにしても
浅薄な理屈で語ろうとしてしまいます。



私たち「健常者」の
限界と言えば限界ですが、



少なくとも
私たちのような支援者は



発達障害の深遠に
もっと造詣が深くならなければいけないと
痛感しています。





さて、
今日の外出は
大宮にある鉄道博物館でした。



きらりでは
2回目かな。



スナップ写真を
どうぞ。。


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学校での「当事者から周囲の人への要望」
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子どもの
学校での様子はどうなの?



わが子は
何を感じて
何を思っているの?



現在は
たくさんの当事者の発信があるので、



一昔前に比べて
その息苦しさ、生きづらさが
わかるようになってきました。


NHKの
発達障害プロジェクト、




頑張っていますね。



今までの研究は
当事者の感覚、感性、認知、認識などを
中心に据えて組み立てることはありませんでした。



仮説をもとに
実験によるエビデンスと
その検証という手法では



ついぞ
見えてこなかった
発達障がい児(者)の実際が



今では
たくさんの当事者の発信から
「可視化」できるようになりました。



以下、
ちょっと長くなりますが、



16コの
当事者、親御さん、周辺者の投稿を
そのまま転写致しました。



NHKのサイトでは
もっとたくさんの投稿を
読むことができます。



以下の
アドレスから
ご覧ください。


http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/

No.16
ここ数年、4月から夏休み前まで、仕事の合間にボランティアとして一年生の教室で先生のお手伝いをしています。教室に発達の気になる子がいても、先生は寄り添うことなく怒鳴るばかり。その子は何年生になっても怒られて続けています。クラスメートからは白い目で見られ、自己肯定感は低くなり負の連鎖。もう少し発達について学ぶべきだと思います。
(ななし 女性40代 宮城 その他・周囲の方)

No.15
小学校5年の男の子。4年生で発達障害がわかりました。学校の先生に説明しても理解してくれません。子供は不登校になりました。「低学年ではできてたのに、なんで今はできないんや、ただのわがままでしかない」と学校は言うてきます。男性と大きな声が苦手と言うてるのに、4人、5人で囲んで大声で怒られ、パニックになり泣いて暴れるのです。もっともっと、先生の理解が欲しい。
(ぶたのぷー 無回答30代 大阪府 当事者の家族・親族)

No.14
小学2年の高機能自閉症の子を持つ親です。小学校入学と同時に特性が目立ち、登校を渋るようになり診断を受けました。学習能力は高いとのことで通常学級です。感覚の過敏さを当初から先生に話をしていたにも関わらず、理解はしているが対応の方法がわからない、対応できる人がいないと言われました。子供は、「先生は話を聞かずに一方的に押し付ける」と言います。指導者の理想の型にはめる教育をやめてほしいです。個性を認めてもらいたいです。
(にじいろ 女性30代 高知 当事者の家族・親族)

No.13
息子がADHDの注意欠陥と最近判明しました。忘れ物が多い。宿題が出ているのに、学校に教科書を忘れ、結果宿題が出来ず先生に叱られる。学校の先生に怒られ続けたことで、不安障害と鬱病になり、現在ひきこもり中。学校側も発達障害を理解し、適切な教育をして欲しい。障害を持っている子に対し、対応策を考えて欲しいです。
(カエル 女性40代 東京都 当事者の家族・親族)

No.12
長男が、3歳半健診で指摘され、初めて「発達障害」という言葉を認識しました。小学生に上がるときに、支援級を利用するために診断名をいただき、支援級在籍なのですが、学校の教師の知識が低すぎることに非常に困っています。特別支援にかかわる教師だけでなく、学校の教師へのスペクトラムの子たちの特性、支援法の教育をもっと徹底してほしいです。
(智里 女性40代 佐賀 当事者の家族・親族)

No.11
元から人間関係を築くのが下手な私は、どうしていいかわからないので本を読んだり情報を集めたりしていますが、みんなにではなくていいから、自分の気持ちを正直に理解がありそうな子に言える場面が欲しいです。高校のときもひとりぼっちだったので、もうひとりぼっちでいるという選択肢はないです。
(ちょこ 女性10代 千葉 当事者)

No.10
障害のことは担任にも伝えてあるが担任に発達障害の知識がない。担任に発達障害の本を読んでもらったり、「不登校にならないように、クラスのみんなからバカにされないようにくれぐれもお願いしたい」と言ったりしたのに、全く理解してくれていない。それまでずっと「どうして他の子は出来るのにあなたは出来ないの」と怒り続けて、本人はすっかり自尊感情が低くなって、「どうせぼくは何をやってもダメなんだ、早く死んだ方がいいんだ」というようになってしまったので、家族はまず褒めるように努力しているが、今まで怒られて育っているので、褒められても素直に受け取らない。どうせ〇〇でしょうと疑ってくる。もっともっと発達障害をみんなに理解してほしい。特に学校の先生はもっと正しい知識を勉強してほしい。みんなと同じに出来ない子がいることを知ってほしいと切実に思います。
(いっしー 女性40代 福島 当事者の家族・親族)

No.9
自閉症児は健常児よりも一つのことに集中して打ち込む子が多く、健常な人よりも優れた才能を発揮することもしばしばです。その得意分野を大学や専門学校で更に極め深める為に、支援学校からでも、学科無しで、その得意な実技だけを評価する入学試験方式を取るようにしてもらいたいなと、親としては望みます。
(まーくんママ 女性40代 千葉 当事者の家族・親族)

No.8
質問に素早く答えられないときのこと。授業中で問題を答えろと呼ばれたとき、一瞬で頭が回らなくなって、あらかじめ解いてあっても答えられなくなるので、オタオタしてるときに怒鳴らないでほしい。余計にわからなくなるから。
(ボイド( ̄^ ̄)ゞ 女性10代 千葉 当事者)

No.7
発達障害だから「やらなくていいよ」とか「できる範囲で」と気を遣われるとガッカリします。どうせ出来ないだろ?と思われると淋しく悲しい気持ちになります。努力しても出来ない時は自分で「助けて」と言うようにしています。なるべくならクラスのみんなと一緒に同じに過ごしたいです。頑張るので差別しないでください。
(とほほ 男性10代 北海道 当事者)

No.6
学校教育や入試制度等が変わってほしいです。学校の授業やテスト、あるいは入試の方法などが、発達障害の人には不利なことが多いからです。発達障害の人は多くの人とは異なる思考や感覚を持っていることが多いですが、学校では、一人の先生が一斉に同じやり方で教えるため、発達障害(学習障害)がある人には理解しづらいことが多く、その結果、本人の努力不足と見られてしまいます。生徒の様々な個性が認められ、欧米の習熟度別学習のように、苦手分野を持つ生徒でも、劣等感を感じることなく学習できる環境がほしいものです。そして、入試では、様々なタイプの人の能力が、より発揮されやすい制度が整うよう望んでいます。
(チコ 女性50代 千葉 当事者の家族・親族)

No.5
授業中に大きな声で私語をするのはやめて欲しい。先生の声まで音となって聴こえるため、ほぼ理解出来なくなり、プチパニックを起こしてしまう。1度音に聴こえだしたらどう頑張ってもずっと音にしか聴こえません。お願いだから授業中に喋らないで。
(紅蓮のまなりん 女性10代 福岡 当事者)

No.4
小学校6年生です。文字を一定の速さで正確に、決められた範囲に書くことが苦手です。黒板をノートに写すことが間に合いません。とても疲れます。iPadを使って入力して、日記・作文・プリントなど宿題を提出しています。授業中も板書をカメラ機能で写してノート作りと復習をしています。iPadをつかっているからといって、みんなより楽をしていると思わないでください。みんなの鉛筆とノートのかわりなんです。ぼくはみんなと同じように勉強するために必要なんです。
(mottii 男性10代 長野 当事者)

No.3
発達障害の子どもの園生活は子どもにとっての過ごしにくさがたくさんあります。今はこの遊び、次はお遊戯、朝の会など、周りを見て状況を察することが難しいです。遊びから次の活動への切り替えが難しかったりすることも多々あります。なので写真を活動順に並べて見てわかる形で伝えてほしいです。言葉で、「後でできるから。」「もう終わりだよ、次はお外行くよ。」など言葉で言われても分かりません。目で見てわかる形で、どこに行くのか、なにをするのか、いつ好きなことが出来るのか教えてください。それだけでとても過ごしやすい場所になります。
(ぺんぎんせんせい 女性20代 大阪府 その他・周囲の方)

No.2
先生や講師の話を聞きながら、黒板やボードを見て、さらにノートを取ることができません。色んなことを同時に処理できないのです。予めノートに取るべきものをプリントして配っていただいたり、黒板やホワイトボードを写真に撮らせていただけると助かります。
(どすこいさん 女性40代 神奈川 当事者)

No.1
授業中に「先生のほうを見なさい」と言わないでほしかった。当時の私には勉強=丸暗記でした。下を向いて、耳だけで先生の話に集中するほうが覚えられました。板書を書き写すことを強要しないでほしい。また、細かくノートしていても馬鹿にしないでほしい。先生によっては、自分が書いたものをそのままノートに写すよう指示する 人がいますが、私には向きませんでした。「黒板に白チョークで書かれた先生の文 字」の記憶が却って邪魔になるからです。また「板書を書き写したノートを読んで授業を思い返す」機能がないため、「ヒント程度の言葉の羅列から授業内容を思い出す」ことも出来ません。キーワード程度の羅列の板書は私には役に立ちませんでした。板書の内容は先生が予め下準備をしていらっしゃることは重々承知していますが、それを受け入れられない生徒がいてもガッカリしないで欲しいのです。学びのプロセスは人によって違います。結果的に一定の成績が取れればOK、としてくれるとありがたかったです。高校時代になると板書を予めプリントにして授業前に渡されることが増えたのですが、板書を見ずに済む上、授業中も家でも同じプリントを目にする事になったせいか、気持ち悪さが減っていたように思います。
(りりさん 女性40代 東京都 当事者)


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# by kirarimarche1 | 2017-09-17 18:42 | 支援 | Comments(0)
           あれ! 誰もいない。
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川の博物館に行ってきました。



あれ! 誰もいない。



そっか。
台風が近づいているので、
誰も出かけないのか。



また、
近隣の学校では
体育祭をしているから。。。

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とまれ、
とにかくこの県立川の博物館は
きらりの子どもの独占状態でした。



わくわくランドも遊び放題でした。



ちょっと寒いけど
水着を持ってきて
はしゃぎ回っている子もいました。

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最後には
おやつの買い物体験。

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おもしろかったぞう~。


              とくとご覧あれ。


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         明日は埼玉県立川の博物館。
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明日の外出は
埼玉県立川の博物館。



きらりでは
3度目かなぁ、、、



でも、
何度行っても
子どもたちは楽しんでいます。



外出は
目的地へ行って
楽しむことはもちろんですが、



子どもによっては
車に乗っていること
景色を眺めること
途中で一服すること。。。



そこまでの
アプローチが楽しいという。



また、
途中でパニックになる子どももいます。



そんなときは
途中下車して
ゆっくりゆっくり
外の空気を吸って



場合によっては
進路を変えて
野原でくつろぐこともあります。



目的地に行くことだけが
テーマではない、



そのプロセスだけでも
楽しめるし



また、
「外出」が
チャレンジだという子どももいますね。



ひとりひとりの子どもに合わせた
「外出」の仕方、
「外出」の楽しみ方がありますね。



それで良いと思っています。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-15 23:36 | 支援 | Comments(0)
                居場所。
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よく
職員同士で話し合うこと、




それは
障がい児の居場所。



発達障がい児にとって
日々が「生きづらさ」との戦い。



知覚・認知・認識の違いから
誤解ばかりされてしまうASDの子どもたち。



様々な
感覚過敏のために
苛まれつづけるADHDの子どもたち。



場所をわきまえないと
非難されつづけてきたASPの子どもたち。



放課後等ディサービスは
どのような役割を担うかという議論です。



運動を
主体とするディや



学習を
旨とするディ。。。様々ですが、



「発達障害」とは
実は、そんなに簡単に語られる概念、実体ではない、
そんなに容易く処方箋があるわけじゃないことがわかります。



まず、
現在の子どもたちの
「生きづらさ」を緩和してあげること。



それだけでも
とても大変なのに、という思いが強い。



ですから、
きらりの考えるディは



緊張を強いられる毎日の中で
彼らの「居場所」を確保すること。



まず第一に
穏やかに落ち着いた場所を提供すること。



でも、本当は
これが一番難しいことであることも
よくわかっているつもりです。




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# by kirarimarche1 | 2017-09-14 23:41 | 支援 | Comments(0)
         発達障害と自律神経失調症。
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発達障害は
脳の器質的な問題、
脳の機能的な障害と言われていますが、



その脳は
心身のコントロール、自律神経のコントロールも
司っていますね。



ですから、
発達障がい児は
その自律神経に混乱が起こり
心身の不調を招くことが多いのです。



また、
激しい感覚過敏や鈍麻、
そして、易刺激性などから
心身の負荷がとても大きい。



加えて
自分の心身の疲れ、不調に
気づかない子も多いことから



一気に
激しい不定愁訴を訴える子が出てきます。




動悸、吐きけ、頭痛、めまい、不眠。。。



自律神経失調症の原因として
よく挙げられるのはストレス。



発達障がい児は
自己の否定感が強いことは
以前にもお話ししました。



つまり、
いつもストレスがかかっている状態。



そして、
ストレス耐性も弱い。



健常児、定型発達児はもちろんですが、



その何倍も
発達障がい児、自閉症児は
この自律神経の失調状態に
陥りやすいのです。




落ち着いた穏やかな環境、
発達障害に対する周囲の理解
適切な支援、、、




その重要性は
言うまでもありません。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-13 23:26 | 支援 | Comments(0)
  宇都宮市の障害者支援施設での虐待事件。
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また、栃木県宇都宮市の障害者支援施設で
知的障害の方への暴行(虐待)がありました。




「虐待」の根はどこにあるのでしょうか。



発達障がい児をもつ親御さんにとっては
この「虐待」というもの、



とても
身近に感じられるものかもしれません。



「見えない障害」といわれる発達障害だけに
「ふつう」の子のできることができないと



努力が足りない
真面目に取り組んでいない
ふざけている、、、云々と。



ずいぶんと
叱られてきた過去があるでしょう。



例えば、
昨日、記事にしたディスレクシアの子どもに



何度も何度も
教科書を読ませることは
大変な苦労をともないます。



子どもにとっては
たいへんな責め苦になります。



「虐待」です。

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実は昨日、
きらりでも
虐待防止の
研修会を行いました。



一般的な
「虐待」概念では
まったく見えてこない
発達障がい児の「虐待」。



それは
発達障害の特性を無視して
何かを強制的にやらせたり、
叱ったり、罵倒したり、
そして、叩いたり。。。。



そのように考えると
放課後等ディーサービスのみならず
様々な福祉サービスの現場で



あいかわらず
「虐待」が起きてくるメカニズムというものが
少し、説明できるのではないのかと思います。



知的障がい児(者)、発達障がい児(者)への「虐待」は、
日常的に生起している、と言って過言ではないでしょう。



ちょっとお子さんの通知表を
ご覧ください。



たくさんの
「~ができる」項目の
すべてをひっくり返して
「~ができない」とすると



それは
ほとんどが発達障がい児に
該当する項目になってしまいます。



虐待の根というもの、


私たち、私たちの社会に
深く、そしてとても広く



その根が
はっているのだと思っています。




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# by kirarimarche1 | 2017-09-12 23:34 | 支援 | Comments(0)
                DAISY。
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https://www.youtube.com/watch?v=c4zqmWJm3Zk
              
            ご覧ください。



欧米では
10人に1人の割合で存在する
ディスレクシア(読字障害)。




発達障害のお子さんには
もっと高い割合で存在する可能性があります。



文字が
ゆがんで見えたり
文字が跳んで見えたり
うごめいているように見えたり
文字がたくさん重なって見えたり
反転して見えたり。。。




そのために
文章が読むことができない「障害」です。



このディスレクシアの子どものための
マルチメディアDAISY図書というものがあります。



いろいろカスタマイズできる点は


・文字・音声・画像を同時に再生することができる
・音声で読み上げる部分の文字がハイライトされる
・読むスピードを変えることができる
・文字の大きさ・文字色・背景色も細かく変えることができる
・章・節へのジャンプも簡単にできる



以上の利点をもつDAISYですが、
ほとんどの教科書にも
対応していることも
大きな魅力です。



今まで
教室でずいぶんと苦しんでいた発達障がい児。




教科書だけでなく
黒板の文字も
プリントの文字も
なかなか読むことができなかった子どもたち。



このDAISYを



障害者差別解消法の
合理的配慮として




ぜひ、
導入してほしいと思っています。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-11 23:28 | 支援 | Comments(0)
            女性の発達障害。
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https://www.youtube.com/watch?v=eTEhoZh9XCE
               
日本ではほとんど馴染みのない自閉症の介助犬です。パニックに寄り添い、その緩和に努めています。。



冒頭のような表題に
驚かれている方もいらっしゃるでしょう。



「女性の発達障害」というと



発達障害には
男女の性差があるの?と思われるでしょう。



もし、
現在のASDなりADHDの診断指標が
男性のものであれば、



当然、
それに該当するのは
男性になります。



そして、
「発達障害には男性が多い」
いうことになるでしょう。



ですが、
発達障害に性差があるとなれば、
当然、女性の発達障害の子(者)が
増えてくるようになります。



実は
近年、男性と女性の
発達障害の現れ方が違うと
言われるようになってきました。



アスペルガー症候群にある女の子の
その症状の現れ方は、男の子に比べて遅い、
または、周囲に気づかれにくい「特性」があります。



アスペルガー症候群としての
共通項目を満たしながらも



特に
女子のアスペルガー症候群の子(者)は
以下の特性が際立っています。



Ⅰ 原因不明の体調不良がある。(就学時より)

Ⅱ コミュニケーションはできるが幅が狭い。
  (ガールズトークが特に苦手)

Ⅲ 考え方が実用的、あるいは、いわゆる男性的。

Ⅳ 感情のあふれとしてのパニック「メルトダウン」がある。

Ⅴ 自分のマイワールドを持っている。

Ⅵ トラウマによる「タイムスリップ現象・フラッシュバック」を
  負いやすい。


これら特徴は
男性のアスペルガー症候群の子(者)にも
見られますが、特にこの傾向が強い、といえましょう。


いずれ
もっと詳細に書く機会があるかと思いますが、


3:7、あるいは、4:6の割合で
男性に多いと言われてきた発達障害、



実は、それは、
指標の違いからくるもの。



今後、日本でも
「女性の発達障害」という概念が
登場してくるに違いありません。



また、このような
「男女」の性差だけにこだわらず、


当然、
LGBTQの方の様子も
視野に入れる必要があります。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-10 18:34 | 支援 | Comments(0)
          思いっきりROUND1。
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発達障がい児にとって
これからずっと
つき合っていかなくてはいけない「過集中」



この「過集中」に対して
自分なりのセルフコントロール・自己支援を
身につけていかなくちゃいけない。

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きらりでは
DSの使用はOKです。



それは
「過集中」とのつき合い方を
自ら身につけていくため。



ただ、
集団の力というものもあります。



声を掛け合って
友だちの声を聞いて
友だちの様子を見て
自らセルフコントロールを試みる方法。



切りかえ
ケリのつけ方。。。


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ご自宅では
なかなか
ゲームから
離れられない子も



きらりでは
うまく
コントロールが
できています。




「あと、これだけやって止める。」はOK。
切りかえの方法だからです。

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「過集中」・「易刺激」
「衝動」・「注意欠如」
、、



これは
発達障がいの子にとって
ずっとつき合って
いかなくちゃいけないこと。



自らの
自身の心身のコントロールの仕方を
身につけること。



これが、
なによりも大事なのですね。


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さて、
今日は「思いっきりROUND1。」でした。



たまにはいいね。



複数の作業・タスクをこなすことが
とても難しい発達障がい児。



でも、
大型ゲームは
身体・心を目一杯つかって
幾つものタスクを同時にこなしています。

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黒板の字を
ノートに書く作業が
辛いと感じるADHDのお子さんも



どうして、
ゲームとなると
たくさんの作業・タスクを
同時に協調作業として実現するのだろう?


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しかも
前庭感覚
固有感覚
ふんだんに使って。



「楽しいこと・嬉しいこと」と
「義務」でやることの間には



おそらく、脳内の
情報伝達物質の働き具合に
大きな差がでてしまうのでしょう。



ほんとです。

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子どもの
生き生きとした様子に



それを
まざまざと見せつけられた気持ちです。



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         褒めることより共感・感謝。
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よく
褒めて育てる、と言いますね。




でも、
発達障がい児に対して
褒めることが万能とはいえません。



先日、
「報酬系とネガティブ」という記事に書きましたが、



ドパミンという神経伝達物質が
うまく働かないことから



喜び、快感を感じるハードルが
とても高いため、
ネガティブな観念にとらわれやすい。



簡単な
褒め言葉では
その喜びが感じにくいということがあります。



また、
自閉症児は、
褒めている意味そのものに興味を示さず



むしろ、
褒めている表情に
不安を抱いてしまう子もいます。



あるいは、
褒めている意味がわからない、
達成感そのものをもたない子もいます。



あるいは、
そんな小さいことで褒められると
屈辱的に思う子もいますね。



あるいは、
もっともっと褒めろと要求してくる子も。。。



少し
角度・視点を変えてみます。




なかなか順番を待てなかった子が
ちゃんと待っていたときに
「サンキュー」



傘をとってくれた子に
「助かったよ。」



CDの音量を下げてくれた子に
「落ち着いたよ。」



ご飯を食べてくれた子に
「うれしいな。」



オモチャを片づけてくれた子に
「あぁーすっきりした、ありがと。」



私たちは
よく何か「できる」ことを求めてしまいますが、



日常生活の所作には
もっともっと多様な行為があり



そのたびに
もっともっと微妙な心の動きがありますね。



ネガティブではない、
共感・感謝の場面が
たくさんあります。



「できる」ことを
ひたすら褒めても



「できない」ことの方が
圧倒的に多い発達障がい児は



褒められることによって



一方の、
たくさんの「できない」ことが
意識させられてしまうことになります。



実は、
逆効果になってしまうことが多い。




でも、
「共感・感謝」の言葉は



個人の「能力」という
狭い枠を超えて



他人の
心に影響を与えた心地よさがあります。




この微妙な違いは
小さいことに思えますが



「ともに生きていく」心地よさとして



意外に
発達障がい児の心に
届くことが多いのです。


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# by kirarimarche1 | 2017-09-08 23:21 | 支援 | Comments(0)
             ラインの訳。
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きらりでは
保護者の方に
ライン登録をお願いしております。



電話というのは
相手の顔が見えず
いきなり声が聞こえてくる。



その声に対して
すぐに返答しなくてはいけない。



昨日、
2つのタスクを
同時に行うことの困難について
説明させてもらいましたが、



それは
私たちとて同じです。



ラインの良い点は
文字として確認できること、



そして、
過去の履歴の文言も
たやすく見られるという点
また、校正できる点も見逃せません。



そう言えば
電話というのは
いつもドキドキする、、、なんて方も
多いハズ、いえ、みんなそうかも。



ですから
きらりでは
ラインでの連絡を
奨励しています。
 <(_ _)>


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# by kirarimarche1 | 2017-09-07 23:04 | その他 | Comments(0)
             2つのタスク。
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発達障害の子は
2つのタスクを同時にすることが苦手。



黒板の文字を見ながら
ノートに書き写すこと。


縄を回しながら
跳ぶこと。



ここで
私たちがよく冒してしまう
誤解の例を一つ。



遊んでいる子に
声を掛けても反応しない。
返事をしない。



私たちは
遊びに夢中になっているのだ、と
思いがちですが、



ちょっと違います。



先の
2つのタスクを
同時にできない「特性」から考えると、



夢中になっているというよりは
一つのことに気持ちが集中している、ということです。



楽しいことに夢中、というよりは



一方のことに
気持ちが吸い付けられている、といった表現でしょうか。




無視しているな、と
私たちは勘違いしてしまいますが、



重ねて言いますが、
2つのことを同時に行うことが不得手なのです。



決して
シカトしているのではありません。



ですから、
その子の傍らに行って
そっと肩に手をやり



気づいてから
もう一度、話しかけてみてください。



ちょっとしたことですが、



やはり、
誤解を招きやすいことですから
気をつけてください。



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# by kirarimarche1 | 2017-09-06 23:07 | 支援 | Comments(0)
              虐待とは。
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虐待と言うと
何か暴力的なもの
ネグレクトのようなものを
考える方が多いと思いますが、



それが
発達障がい児、自閉症児に対するものになると
その様子が変わってきます。



例えば、
衝動性が激しいADHDの子どもが
その衝動性を抑えられずに




支援者から
何度も叱られること。



自身の
コントロールが利かないという特性を
理解しないがために
支援者は執拗にこの子を責めてしまう。



例えば、
LD(学習障害)のある子に対して




何度もも何度も
漢字を書かせること。



教科書を
何度も何度も読ませること。



これらは
明らかに虐待といえるでしょう。



暴力的な行いではなく



発達障がい児の「特性」を理解しないで
強制的に何かを行わせること、
執拗に精神的に責めること、



これが
虐待と判断する基準となります。



そのように考えれば



虐待は
いたるところで生じる可能性がある、



あるいは
いたるところで起きている事象とも
いえるのだと思います。






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# by kirarimarche1 | 2017-09-05 23:46 | 支援 | Comments(0)
          発達障害という不思議。
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昨日、
このブログで
メチルフェニデート(コンサータ)のお話をしました。



発達障がい児で
コンサータを服用しているお子さんもいます。


ADHD薬を飲んで
心身はどのような状態になるのか、



親御さんは
副作用のある薬は
なるべく子どもに飲ませたくない。



でも、
今のわが子の「生きづらさ」が
少しでも緩和できるなら。。。と



藁をもすがる気持ちでいる方もいます。



どのような様子なのか。。。



でも、
子どもはなかなか自分の様子を
言葉にして表現はできません。



ですが、
大人の当事者の方は



近年、SNSなどで
服用した際の自分の状態を
とても巧に発信してます。



以下の記録は
発達障害の、大人の当事者の方が
コンサータを服用したその1週間の様子を述べたものです。



コンサータやストラテラを服用する方は
それが効いているときと切れたときを往還します。



そして、
その落差から
自分とは一体何者?」との感慨を抱きます。



以下の記述も
まったく同じ。



服用の是非については
またの機会に述べるとしても



見えない障害=発達障害とは
一体、何なのか。



私たちに
問いかけてくるものは
とても深いものがあります。



私たちが
今まで出会ったことのないものであり、



私たちの
人の見方・捉え方というものを
根底から揺さぶり続けるものであり、




そして、
とても重要なことを
問いかけているように思います。



「障害」とは、一体、何?




[日曜日]
はじめて薬を服用。服用後、洗濯物を干し、髪を切りに行く。気持ちがスッとするというか、頭のなかが明瞭になってくるというか。いつもならバタバタする感覚がない。はじめての美容室だったが、いつもなら苦手な美容師さんとの会話ができる。でも薬の効果かはわからない。喋れる時もあったし。その後、繁華街へ買い物へ。変な焦燥感にかられることもなく、落ち着いて買い物ができている。衝動的に買いたいというのもあるが、いつもよりも鈍い。良好なようだ。

[月曜日]
朝、起きてから飲む。今の仕事はぜんぜん興味がなくて集中できなかったのに、なんと集中できている。それでも気は散るけど、いつもよりも鈍い。さらに、いつもは周りの音がすごく気になるのだが、これも鈍くなった。不思議な感覚。家に帰っても、食器洗いはいつも先延ばしにしていたのだが、サクサクと洗えるようになっていた。

[火曜日]
この日は2錠でチャレンジ。この二日間の感じで、飲んでから1時間ほどで効果が出てくる感じがあったので、残業するつもりで9時位に飲んでみる。明らかに1錠のときよりも聞いている。集中力も、他動も衝動性も感情の安定も、1錠よりもいい。しかし、昼ごろから動悸が出てくる。3時ぐらいには目のかすみ、ノドの渇きが出てきて、4時頃に早退した。とほほ。しかし、駅についたとき、駅の静けさに驚いた。いつもなら周りの人の話し声、改札の音、流れる音楽、全部があたまに入ってくるのに、それがない。静かだ。電車の中も、音楽を掛けなくてもすごせる。イラッとしない。副作用はつらかったが、とても安定していて、いいかんじだ。

[水曜日]
医師の指示をうけ、1錠に変更。うん、2錠の時ほどではないが、効果はあるようだ。ちょっとミスをした。処方されるときも「不注意には効かないかもしれない」といわれていたので、あぁそうなのかも、と思う。しかし、いつもなら「よし、16:00になったら言おう!」とか考えていたのが、直ぐに「ちょっとミスっちゃったんですけど」と言えた。これは言った後で驚いた。

[木曜日]
どのくらい違うのか知りたくて、この日は休薬してみた。まず、うるさい。音が気になって仕方ない。作業もあまり進まないし、心のなかで「いやだやだやだ!もうやだ!」となってトイレに緊急避難。足は組み替える、無意識に貧乏ゆすりをする、アメばっか食べる、即座に空想にふける。不愉快なことの度合いが強い。あぁ、薬は効いていたのか。

[金曜日]
ふたたび1錠を飲む。やっぱりちがう。音の気になる感じが大分へる。部長の怒鳴り声、けなす声を聞いても、ビクビクはするけど飲んでない時のビクビク度とはだいぶちがう。残業をしても、飲んでない時みたいな精神的な疲労感が少ない。家事もサクサクすすむ。薬が切れるとよく分かる。いつものめんどくささ、イラッとする感じが出てくる。

[土曜日]
この日も1錠。家事がススムススム。洗濯し、食器をあらい、靴を磨き、掃除機をかける。買い物もばっちり!余分なものを買わないし、列になんとか並ぶことができている。



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# by kirarimarche1 | 2017-09-04 23:58 | 支援 | Comments(0)
          報酬系とネガティブ。
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いろいろな親御さんと話しをしていて
やはり、よく話題になるのが、



発達障害のお子さんの
ネガティブな考え方とその言動です。




どうせぼくはダメなんだ。
ぼくなんかいない方がいいんだ。
みんないなくなればいい。
何をやってもダメなんだ。

みんなが悪い、もうなくなってしまえ。。



こんな言葉と
また、モノを叩いたり、
自分の頭を壁にぶつけたりという自傷。



いろいろ
気持ちを変えてあげようとしても
このような言動がずっと続いてしまう様子に
疲弊してしまう毎日。。。



脳には
報酬系というしくみがあります。




簡単に言うと



心地良いことが起きた時に
活性化される脳内のシステムのことです。
喜び・快感を感じるしくみです。



このシステムを
うまく働かせるものが
例のドパミンという神経伝達物質です。


そして、
このドパミンが高まらない傾向にあるのが
ADHDのおこさんたちなのですね。



ADHDのおこさんたちは
その特性のために
今まで叱られることが非常に多く、
自己の否定感がとても強い。



いえいえ、
むしろこの自己否定の
連続だったといえましょう。




「ふつう」にできることができず、
その度に笑われ、叱られ、陰口を言われ。。。



そして、
ただでさえ、
この報酬系のシステムがうまく働かず



この喜び、快感を感じる壁が高いせいで
ネガティブな観念にとらわれやすい。



どうすれば良いのでしょうか。



自己肯定感、成功体験を重ねること。

でも、これは私たちが考えるほど
簡単なことではありません。




私たちを含む
大人・先生、周囲の子どもたちの
発達障がい児に対する理解が
まず、必要です。



そしてまた一方で
先のドパミンを活性化させる薬の存在も
考える必要があります。



メチルフェニデート(コンサータ)もその一つです。



あまりに
お子さんが
自身の特性に苦しんでいるとき



また、
周囲の理解
周囲のスキルが
お子さんの様子に追いついていかないとき、



決して
無理をしないでください。



薬にたよる方法も
ちゃんとあるのです。





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# by kirarimarche1 | 2017-09-03 18:16 | 支援 | Comments(0)
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